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総三の嘆願書初公開〜宿場街道資料館で企画展〜

2022年4月14日

初公開した相楽総三自筆の嘆願書
 下諏訪町は、明治新政府から汚名を着せられ、魁町(相楽塚)で斬首された赤報隊隊長の相楽総三(1840〜68年)らに焦点を当てた企画展を、町宿場街道資料館で開いている。下諏訪宿に関連する幕末の資料などを展示。同志の釈放を求めて総三が信州諸藩に送った自筆の嘆願書を初公開し、町にゆかりのある志士へ関心を寄せる切っ掛けをつくっている。5月8日(日)まで。
 嘆願書は、総三が大垣(岐阜県)に滞在していた総督府に呼び出されて出頭している間、北信濃各地に分散していた同志が偽官軍として捕縛されていることを下諏訪帰宿後に知り、諸藩に釈放を願う内容。相楽塚を守る住民有志の「相楽会」から寄贈され、町諏訪湖博物館・赤彦記念館に収蔵していた。
 「赤報隊は薩摩藩に付属すべし」と総督府から命じられたことを、「薩藩」の文字を大きく強調して記すなどで、正当な役目を担って行動していたことを訴えており、行き違いがあったとして仲間の解放を求めている。帰宿は68年2月23日(以下旧暦)で、処刑直前の同28日付で書かれている。
 同館学芸員の太田博人さんは、「赤報隊が追い込まれた時期に書かれた直筆の手紙で、歴史の実像や総三の思いが文字からうかがえる貴重な資料。赤報隊の志士たちは新時代を夢見て奔走していたが、時代の波の中でトカゲの尻尾切りのように使い捨てられた。無念の思いを感じ取ってほしい」と話す。
 赤報隊は西郷隆盛らの指示で同年1月に結成。官軍の先鋒(せんぽう)隊として「年貢半減」を民衆に掲げながら東進していたが、財政難から「半減」の実現は困難と判断した新政府から偽官軍の汚名を着せられ、魁町で3月3日に総三ら幹部8人が斬首された。
 入館無料。月曜休館。時間は午前9時〜午後5時。問い合わせは町諏訪湖博物館・赤彦記念館(電27・1627)へ。
(写真は、初公開した相楽総三自筆の嘆願書)