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原田泰治さんが死去 独特の素朴画郷愁誘う
2022年3月5日
国内外の風景を独特なタッチで描いた画家、原田泰治さん(諏訪市上川)が2日深夜、悪性リンパ腫で死去した。81歳だった。8日(火)に近親者だけで葬儀が行われる。同日から開館する、諏訪市原田美術館敷地内に献花場を設ける。目と鼻のない登場人物と消えゆく原風景で鑑賞者の郷愁を誘う作品は、全国各地のファンから支持された。
4日には、原田さんの長女らが会見を同館で開いた。それによると、原田さんは足が衰えたことから1月24日、茅野市の諏訪中央病院に入院、リハビリを受けていた。しかし、声がかすれるなどから2月14日に検査を受けたところ、リンパ腫が見つかり、この日から容体が急変したという。
会見では、「描きたいものは描いた」と原田さんが80歳で断筆宣言していたことも明かされ、ここ2年はデザインの仕事が主だった。「応援してくださったことに感謝する。今後も原田泰治の世界を美術館で伝えていきたい」と話した。
お別れの会も検討するが、新型コロナウイルスの感染状況を配慮して日程を調整中。
原田さんは諏訪市の生まれ。1歳の時に小児まひにかかり歩行が困難になった。諏訪実業高校定時制を卒業後、武蔵野美術大学洋画科に入学するが、デザインの道を目指して武蔵野美術短期大学デザイン科に再入学。1964年にはデザインスタジオを設立し、グラフィックデザイナーとした活動する。
一方で、73年からは素朴画家を志し、82年から84年にかけて全国各地を取材し、朝日新聞日曜版に掲載した「原田泰治の世界」は、一躍原田さんの知名度を高めた。その後も欧州、米国などでも取材旅行し、海外を題材にした作品も発表した。
98年には市原田泰治美術館が開館。原田作品が常時見られることから、全国各地のファンが訪れ、2008年には入館者が100万人を超えた。諏訪地域の小中学生対象の「ふれあい絵画教室展」は昨年で20回を数え、子どもたちの絵画への関心を高めてきた。
画家の活動とは別に、19年には車椅子で入店できる店を増やす「らくらく入店の会」も諏訪中央病院の鎌田實さんらと創立し、活動を続けていた。
1999年には紺綬褒章も受けている。
(写真は、亡くなった原田さん)